後の藪入りとは?奉公人の帰省と閻魔信仰に由来する日本の夏の風習

夏の行事
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「藪入り」とは何か?かつて当たり前だった“帰省の日”

「藪入り(やぶいり)」という言葉を耳にしたことがありますか?

これは、かつて日本の奉公人が、年に2回だけ休暇をもらって実家へ帰ることを許された特別な日のこと。

中でも7月16日に行われる「後の藪入り」は、夏の節目として重要視されてきました。

現在ではあまり使われなくなった言葉ですが、その背景には仏教行事や家族との絆を重んじる日本の精神文化が息づいています。

藪入りの起源|年に二度の帰省が許された日

「藪入り」は、毎年1月16日と7月16日に設けられた“奉公人の休暇日”です。

江戸時代、商家や農家などに住み込みで働いていた奉公人たちは、ほぼ休みなく働いていましたが、この日だけは特別に実家への帰省が許されていたのです。

  • 1月16日:前の藪入り(年始の帰省)
  • 7月16日:後の藪入り(夏の帰省)

奉公人にとっては、家族と再会できる数少ない機会であり、親元を離れて働く人々にとって大きな意味を持つ一日でした。

名称の由来|なぜ「藪入り」と呼ばれたのか?

「藪入り」という言葉にはいくつかの説がありますが、最も有力なのは次のような由来です。

「藪をかき分けて帰る」説

昔の実家は街中から離れた郊外や農村にあることが多く、奉公人が実家へ帰る際に、藪を抜けて帰っていく姿から「藪入り」と呼ばれるようになったという説。

「藪深い場所=故郷」説

藪の奥にある静かな場所=“実家”を意味する隠喩として使われた可能性もあります。

いずれにしても、「藪入り」は、都会から離れて久しぶりに実家へ戻るというイメージが込められた言葉といえるでしょう。

閻魔信仰との関係|地獄の釜の蓋が開く日

藪入りの日は、実は仏教行事「閻魔賽日(えんまさいじつ)」と深く関係しています。

1月16日と7月16日は、閻魔大王の祭日とされ、この日は地獄の釜の蓋が開き、罪人の責め苦も一時休止されると信じられていました。

そのため、あの世でも休みが与えられる日として、現世でも奉公人に休みを与える風習が根づいたのです。

これは、霊的な節目の日を“現実の休息”と結びつける、日本独自の感覚ともいえるでしょう。

後の藪入りとお盆|夏の風習との結びつき

7月16日に行われる「後の藪入り」は、お盆の行事と重なる時期でもあります。

お盆はご先祖様の霊を迎え、共に過ごし、送り出す期間であり、「後の藪入り」はその締めくくりの日とも考えられていました。

このことから、後の藪入りは以下のような意味合いを持っていたとされます:

  • ご先祖様への挨拶や供養のための帰省
  • 家族そろっての食事や団らん
  • 夏の収穫や田仕事の区切りの時期

お盆と藪入り、どちらも“帰る”というキーワードをもつ、日本らしい風習なのです。

現代における藪入りの意義とは?

現代では「藪入り」という言葉そのものを使う機会は減っていますが、
その精神──「家族に会う」「節目に帰る」という文化は、今も確かに残っています。

  • お盆に帰省する
  • 学生や社会人が長期休暇で実家に戻る
  • 親子三世代が集まる年中行事

藪入りが担っていた役割は、現代の“帰省文化”や“家族の再会”にしっかりと受け継がれているのです。

まとめ|藪入りは、過去と現在をつなぐ“家族の日”

「後の藪入り」は、ただの帰省ではなく、 働く人々へのねぎらい、家族との絆、ご先祖様への思いが交錯する、日本ならではの温かな風習です。

時代が変わっても、「節目には帰る」「家族に会う」という価値は変わりません。

忙しい毎日だからこそ、こうした文化の背景を知りながら、自分なりの“藪入り”を大切にしてみてはいかがでしょうか。

コラム|もうひとつの“藪入り”――1月16日の「前の藪入り」とは?

「藪入り」といえば、夏の「後の藪入り(7月16日)」を思い浮かべる方が多いかもしれません。

けれど実は、藪入りは年に二度、行われていたことをご存じでしょうか?

もうひとつの藪入り――それが、1月16日に行われていた「前の藪入り」です。

年始の“ひと息”としての藪入り

江戸時代、奉公人は年末年始も含めて多忙な日々を送り、新年の挨拶や店の手伝いに追われていました。

そんな彼らにとって、1月16日はようやく訪れる正月明けの休息日

この日にだけは、店からの帰省が許され、親元へ顔を出すことができました。

  • 家族と正月料理を囲み、無事な姿を喜び合う
  • 墓参りや初詣を兼ねて、静かに一年の健康を願う
  • お年玉代わりに小遣いをもらって戻ることも

新年の慌ただしさが少し落ち着いたタイミングで、家族のぬくもりに触れる“第二のお正月”のような位置づけだったのです。

閻魔信仰とのつながりも、夏と同様

前の藪入りも、夏の藪入りと同様に「閻魔賽日(えんまさいじつ)」と結びついています。
この日は、あの世でも休みが与えられるとされ、現世の奉公人にも「お休み」が許される風習が根づきました。

まさに、霊的にも現実的にも“節目”の一日だったわけです。

現代に残る“前の藪入り”の心

現代の暮らしでは、「藪入り」という言葉こそ聞かれなくなりましたが、 正月に家族と過ごす、帰省する、墓参りをする…といった風習の中に、 前の藪入りの心は今も息づいています。

忙しない年始の一段落に、
“誰かのもとへ帰ること”を大切にしていた昔の人の暮らしに、
そっと思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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