七五三__三・五・七の通過儀礼をたどり、今を楽しむ

秋の行事
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秋が深まる11月、晴れ着の子どもたちが神社へ向かう風景は季節の名物です。

七五三は3・5・7歳の節目に氏神へ詣で、成長への感謝と今後の健やかさを願う行事。

もとをたどると平安?江戸に根づいた通過儀礼「髪置・袴着・帯解」に行き当たります。

現在は11月15日前後の過ごしやすい日に参拝する家庭が多く、写真撮影や会食も人気です。

七五三は髪置・袴着・帯解という通過儀礼が元になり、幼少期の無事を祈る気持ちが重なって広まった行事です(昔は「七つまでは神のうち」と言われ、節ごとの祈りが大切にされました)。

行事の基本情報

区分内容
名称七五三(しちごさん)
日付の目安例年 11月15日(2025年は 11月15日〈土〉)。前後の都合の良い日・混雑の少ない日に参拝する例も一般的
祝う年齢3歳(男女)/5歳(男児)/7歳(女児) ※数え年・満年齢のどちらでも可
趣旨これまでの成長への感謝と、今後の無事息災・長寿の祈願
主な場所各地の氏神・崇敬神社(多くの神社で七五三祈祷を受付)

由来と歴史

3・5・7歳それぞれの通過儀礼

  • 髪置(かみおき)(3歳):乳幼児期に剃っていた髪を伸ばし始める節目。男女とも対象とされた時期がありました。
  • 袴着(はかまぎ)(5歳):男児が初めて袴を着ける儀。心身の成長と社会的役割への意識づけ。
  • 帯解(おびとき)(7歳):女児が付紐の着物から本式の帯へ。幼児装から児童装への転換点。
    これらが宮中・公家から武家、町人へ広がり、氏神に詣でる形で“家庭の祝儀”へと定着していきます。

「七五三」という呼称の普及

都市部で「晴れ着+宮詣+千歳飴」のスタイルが整ったのは明治期以降。

戦後には写真館や衣装店の普及とともに全国へ広がり、名称も一般化しました。

地域差は今も残り、年齢や性別の運用は土地ごとの慣習に根ざします。

11月15日になった理由(諸説)

  • **吉日(鬼宿日)**に当たるためとする説
  • 将軍家の祝い(徳川綱吉・徳松)にちなむとする説
  • 収穫期の祭礼に合わせた季節的理由
    いずれも“説”として語られ、唯一の決定説に収れんしているわけではありません。実際には、家庭の予定や神社の受付期間に合わせて前後の休日に行うケースが多いです。

現代の行事の過ごし方

参拝の時期と基本の流れ

  • 時期:11月を中心に、各家庭の都合の良い日でOK(多くの神社は10~11月に案内/通年受付の神社もあり)。
  • 流れ:手水 → 参拝(祈祷) → 授与品(御守・千歳飴など) → 記念撮影 → 会食、の順が目安。

服装と準備

  • 装い:3歳は被布、5歳は羽織袴、7歳は四つ身+帯が定番。動きやすさ優先で洋装も可。
  • 写真:神社名の扁額・鳥居・狛犬など“ランドマーク”と一緒に。朝早めが混雑回避になります。

服装と年齢の考え方

  • 年齢:数え年/満年齢どちらでも差し支えありません。家族の予定に合わせて。
  • 和装の目安:3歳は被布、5歳は羽織袴、7歳は四つ身+帯がよく見られます(動きやすさ重視で洋装も可)。伝統着装の意味合いは上の「由来」参照。

関連する雑学や逸話

  • 千歳飴の由来:細長い形と紅白の配色に長寿・慶びの願いを託した縁起菓子。江戸の飴売りに由来する説や、社寺の祝い飴にちなむ説などが知られます(いずれも諸説)。
  • “陽数”の3・5・7:奇数は縁起の良い“陽”の数とされ、節目の年齢に当てはめられました。
  • 「七つまでは神のうち」:幼少期の無事を特に祈った昔の子ども観を示す言い回し。節ごとの祈りが大切にされてきました。
  • 地域差:年齢や性別の区分、参拝時期、千歳飴の袋絵など、土地ごとのバリエーションが豊富です。

まとめ

七五三は、古来の通過儀礼を受け継ぎつつ、家族のリズムに合わせて祝える柔らかな行事。

11月15日前後を目安に、無理のない装いと段取りで氏神に感謝と願いを伝えましょう。

千歳飴の甘さや晴れ着の手触りは、きっと家族の記憶になります。

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